シリンジからのコンタミネーション
Q: 私たちの研究室で行っているほぼ全てのHPLC測定において、未知のピークが現れてしまう問題について、解明していただけるのではないかと思って、お願いすることにしました。私はµg/mLレベルで、ある一つの製品の洗浄処理の研究を行っており、同僚は同様のレベルで、ある高効能製品の溶解に関する研究を行っています。試料マトリクスもLC分析法も、完全に異なっており、これらに唯一共通なのは、低波長UV領域における検出(210-220 nm)を行っているということです。
試料分析中に不純物ピークが現れると言うこの大きな問題は、結局、試料前処理に使っていたフィルターが原因であることを突き止め、これをもとに、同僚と私は、各々の分析法で使われていたフィルターの検討を開始しました。私たちは、0.2µmと0.45µm孔径の少なくとも5種類の異なる種類のフィルターを試しましたが、この問題を解決できませんでした。ろ過をしない試料の方が、どのろ過をした試料よりも"キレイ"でした。更なる熟考を重ね、私たちの分析法における個々の項目(試薬、希釈溶媒など)の全てについて検討した結果、私たちは、ろ過した試料が問題なのであり、それら全てにおける共通点は、シリンジであることに気が付きました。
Dr. Dolanは、これまでに、試料をろ過するために使用したシリンジにより、この様な問題に遭遇されたことがあるのではないかと思います。もし遭遇されているならば、汚染物質の少ない、お勧めのシリンジはありませんか?私が使用している希釈溶媒は60%のMeOH/緩衝液で、溶解する試料は米国薬局方(USP)規格のバッファー水溶液を使っており、他の分析法では、試料マトリクスに50%を超える含有量の有機溶媒(多くの場合MeOHかACN)を使用しています。
JWD: 試料クリーンアップ操作が、最終的に試料汚染操作になってしまうと、がっかりしますね。汚染物質は、実験室内の種々の発生源から混入して来ます。私は、配管、器具の洗浄不足、不純物の混入したヘリウム、更にpHメーターからも汚染を受けたことがあります。私は、これまでにシリンジ由来の問題を経験したことはありませんが、もちろん、まったくの驚きではありません。なぜなら、洗浄の不便さと在庫にかかる経費の点から、私たちの多くは使い捨てのシリンジと試料フィルターを使用している場合が多いからです。
合成樹脂製品の場合、製造工程に由来する汚染が考えられます。柔らかい合成樹脂には、必要な性能を持たせるために、可塑剤が添加されています。最もこの可塑剤添加量が多いのは、タイゴンチューブです。タイゴンチューブは、その組成の大部分が可塑剤であり、一般的に一種類以上のフタル酸エステルが可塑剤として使用されています。可塑剤は長い時間をかけてチューブから溶出し、そしてそれに伴い、チューブは固くなってきます。可塑剤は、実験室環境も汚染します。私が大学院生だった頃の一つのエピソードを思い出しました。ある学生が隣の研究室で、ガスクロマトグラフィー(GC)を用いて残留農薬の分析を行おうとしていましたが、フタル酸ジエチルヘキシルの妨害がありました。
彼は、フタル酸エステルが本当にどこにでも存在することに気が付きました。汚れていないシリンジに実験室の空気を採取して、試料としてGCに注入するだけでも、最も感度が良い設定ならば、ピークとして検出されます。一方で、試料チューブ、シリンジやフィルターホルダーに使用されている、硬い合成樹脂には、一般的に可塑剤は使用されていません。これらは、一般的に、ポリプロピレンか高密度ポリエチレンの部品で構成されています。ご存知かもしれませんが、合成樹脂製品は、押し出しあるいは鋳型により成型され、この際に、一般に何らかの潤滑油あるいは離型剤が、鋳型への固着を防ぐために必要です。場合によっては、残存したこれらの潤滑油等が、妨害成分になることもあります。
私なら汚染源の可能性を個々に調べてから、どのように問題を解決して行くかの決断を下すでしょう。私は少なくとも、二つの異なるタイプの使い捨てシリンジを知っています。一般的な医療用のシリンジとして、合成樹脂製の円筒で、柔らかいグレーのシール部品がプランジャー先端についているシリンジがあります。もう一つ、プランジャーにヒレ(fin)状のシールを一体成型したシリンジもあり、この場合には、シールのための部品は必要ありません。私はシリンジ本体とプランジャーの表面を別々にMeOHやACNなどの有機溶媒で洗浄します。もしプランジャーが柔らかいシール部品を使っていれば、それを外して別々に洗浄して下さい。使い捨てフィルターのカートリッジ表面をチェックする際にも同様の検査を行って下さい。この際、カートリッジを何個か壊す必要があるかもしれませんが、そうすれば、フィルターのホルダーとフィルター自身を分けて洗浄できます。洗浄に使用した種々の溶媒を採取して、溶媒の一部を揮発させることにより濃縮し、そして更に、どれが汚染の原因であったのかを調べるために、これらの洗浄溶媒をHPLC装置に注入して下さい。
汚染源を特定できれば、次に何をするか決められますね。ステンレスのフィルターホルダーを使用するべきで、それを使う度に洗浄しますか?あるいは、使い捨てシリンジを異なる銘柄や形のシリンジに変更しますか?ガラスシリンジを使用してそれを洗浄しますか?全ての残渣を取り除くために、シリンジを使用前に洗浄しますか、溶媒をろ過しますか、あるいはこれら両者を行いますか?
フォローアップ: 最初の何回かのメールやり取りの後に、フォローアップメールを頂きました。そこには、"問題はシリンジのプランジャーが原因であることが分かりました"と書いてありました。また、驚いたことに、問題のシリンジには、シールするためにプランジャーと一体型のヒレが付いていました。ガラスシリンジの場合には残渣は無く、プランジャー部にシールするための一体型のヒレが付いたプラスティックシリンジに、若干の問題がありました。私は、ヒレ付いたのタイプの場合には、ヒレが付いていない場合よりも、成型の際に、異なる(あるいは、より多くの)離型剤が必要なのではないかと思います。幸運なことに、今回の問題の解決法は、シリンジを柔らかいグレーのシールを使ったシリンジに変更するだけという、いたって単純なものでした。