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Tech Tip
緩衝液の調製: 正しい方法・簡単な方法・誤った方法
緩衝液が正しく使用さていると、試料や溶媒の注入を行っても、移動相のpHは一定に保たれます。そのため、多くの逆相HPLC分析において、緩衝液の使用が推奨されています。
緩衝液の調製: 正しい方法・簡単な方法・誤った方法
John Dolan's HPLC Solutionsの12号では、トリフルオロ酢酸(TFA)でpHを調整した移動相を用いた際の、保持へのTFA濃度の影響を説明しました。ほとんどの場合において、特に低pH領域では、pH調整のために移動相へ酸や塩基の添加を行っても、安定した結果が得られます。しかし、これは理想的なケースではなく、多くのHPLC分析においては、そのような結果は得られないでしょう。移動相pHをコントロールする良い方法は、緩衝液を使うことです。緩衝液が正しく使用されていると、試料や溶媒の注入を行っても、移動相のpHは一定に保たれます。そのため、多くの逆相HPLC分析において、移動相に緩衝液を使用することが強く推奨されています。
大学時代の化学の講義を思い出して下さい…緩衝液はそのpKaの±1のpH範囲において有効です。一例として、LC-UV測定で最も一般的な緩衝液であるリン酸塩緩衝液について考えてみましょう。リン酸塩には2.1、7.2、および12.3の3つのpKa値が存在します。長期にわたる耐久性を考慮すれば、シリカベースのカラムで使用することができるpHは2-8の範囲であり、12.3のpKaは使用することができません。したがって、リン酸塩緩衝液は、2.0<pH<3.1および6.2<pH<8.0の範囲において有効です。(ここでは、移動相のpHを2-8の範囲内と仮定しています。)
リン酸塩緩衝液を調製するためには、酸性成分(一般的にはリン酸)を使用し、これに目的のpHに調整するための塩基性成分(一般的にはKH2PO4)を混合します。pHが3.0の25mMリン酸塩緩衝液の調製を考えてみましょう。最も良い方法は、25mMの塩基性溶液と25mMの酸性溶液を調製し、希望するpHになるまで、酸性溶液を塩基性溶液に添加する方法です。これにより、pHが3.0、濃度25mMのリン酸塩緩衝液を調製することができます。緩衝液を調製するために、我々が頻繁に使用している簡単な方法があります。それは、25mMの塩基性溶液を調製し、濃リン酸を用いて、溶液のpHが3.0になるまで滴定する方法です。これにより、pHが3.0のリン酸緩衝液が得られますが、濃度は25mMではなく、それよりも高い濃度です。なぜなら、pH調整に25mMの濃度では無く、それよりも高い濃度の酸を用いているからです。通常、どちらの方法でも同様のクロマトグラフィーデータが得られますが、そうではない場合があります。分離結果が緩衝液濃度に依存して敏感に変化する場合、例えばイオン交換やイオン対形成が起こる場合、上記の二つの緩衝液調製方法で保持が異なってくるでしょう。
緩衝液を調製する際に避けるべき方法があります。それはpH調整前に移動相の有機溶媒成分と緩衝液の塩基性成分を混合する方法です。水溶液と有機溶媒の両者が存在していると、pHメータは水溶液のみの時と同じ値を表示しません。つまり、有機溶媒成分を含む溶液を滴定によりpHを3.0に調整した溶液は、水溶液のみでpHを3.0調整した時とは実質的に異なるpHを有しています。この方法のように、有機溶媒成分を加えた後にpHの調整をしてはいけません。このような誤った方法で緩衝液の移動相を調製すると、毎回、異なった分離結果が得られることになるでしょう。
HPLCの移動相調製において、緩衝液のpHが指定されていれば、その値は、有機溶媒を添加する前の水溶液のpHを指します。有機溶媒成分を加えた後のことは心配無用です。緩衝液の種類によりますが、pHの変化は一定のはずです。緩衝液の種類によって、有機溶媒成分が加えられるとpHが上がる場合と、pHが下がる場合とがあります。有機溶媒成分が存在する移動相の真のpHを知ることは、それほど重要ではありません。移動相のpHが一定であることが重要なのです。更に、仮に分析対象物質のpKaが既知であっても、それも水溶液中で測定された値です。有機溶媒成分が加えられた場合には、分析対象物質のpKaは変化し、どちらが正しいか分からなくなるでしょう。
従って、最低限度考慮すべき重要ポイントは、以下のとおりです。緩衝液を調製する際に、等モルの酸および塩基の混合は『正しい方法』であり、酸性溶液による塩基性溶液の滴定は『簡単な方法』であるが、しかし、有機溶媒存在下の移動相のpH調整は『誤った方法』であるということです。更に、場合によっては、最初の二通りの方法で結果が異なることがあるため、どちらの方法を用いたか、実験および測定条件として明確に記述しましょう。
緩衝液の調製
1. 正しい方法 - 等モルの酸および塩基溶液の混合
2. 簡単な方法 -濃い酸溶液を使用して塩基溶液のpHを調整
3. 誤った方法 - 有機溶媒を加えた後のpH調整
Tech Tip
万能な緩衝液
移動相のpHを最適化したい時に、どのような緩衝液を使えば良いでしょいうか?普段はリン酸塩緩衝液を使用していますが、リン酸塩緩衝液はいつも有効に働くわけでは無いと聞いたことがあります。どうしてですか?リン酸塩は逆相HPLCにおいて優れた緩衝液だと思いますが、詳しく説明してもらえませんか?
JWD: リン酸塩緩衝液は逆相HPLCの移動相に最も幅広く使用されている緩衝液です。その理由は、簡単に緩衝液として作用する上に、低波長領域において優れたUV透過性を有しているためです。しかし、逆相HPLC分析に必要とされるpH範囲全体で緩衝作用を有しているわけでは無く、また、リン酸塩は不揮発性であるため、LC-MSを使用する場合、あるいは、蒸発光散乱検出器(ELSD)やコロナ荷電化粒子検出器(CAD)のような移動相の蒸発が必要な検出器を使用する場合には、使うことができません。
ここで、緩衝液に関する一般論を確認しましょう。化学基礎の講義で、緩衝液はそのpKaの±1のpH範囲内で最も有効に働くと習ったことを思い出して下さい。表1に示す通り、リン酸塩には2.1、7.2、および12.3の3つの異なるpKa値が存在します。シリカベースの逆相HPLC用カラムは、pHが8以上では安定して使用することができないため、12.3のpKa値は無視することができます。また、逆相カラムの結合相はpHが2.0未満で加水分解する場合があるので、事実上pH値2.0がシリカベースカラムの使用下限です。つまり、残された有効なpH範囲はそれぞれ2.0-3.1および6.2-8.0の間です。移動相がこのpH範囲内に入っていれば、リン酸塩は有効な緩衝液として作用します。しかし、これらの範囲以外のpH値の移動相を使いたい場合には、リン酸緩衝液は、良い緩衝液ではありません。更に、これは同時に、pHが4.0や5.0で測定を行う必要がある場合、リン酸緩衝液の使用は不適切であるということを示しています。もちろん、pHが4.0や5.0でも使用することはできますが、少しの緩衝能力しかありません。そのような場合は、使用したいpH領域に適した緩衝液を選択する方法が賢明です。例えば、pHが4.0や5.0では酢酸緩衝液が良い選択肢の一つです。表1に示すように、酢酸塩のpKaは4.8であるため、pHが3.8-5.8の範囲内において、酢酸緩衝液は有効な緩衝液です。
皆さんは、方法開発の際、使用するpHをどのように決定していますか?まず、リン酸緩衝液を用いて低いpHから測定を始めて、次に、中間のpHでは酢酸緩衝液に切り替え、高いpH範囲ではリン酸緩衝液に戻すことによって、pHが2.0から8.0までの範囲全体をカバーすることができます。その他に、もう少し簡単な方法があります。それは、リン酸緩衝液と酢酸緩衝液を混合して、一つの"万能な"緩衝液を調製する方法です。例えば、20mMのリン酸緩衝液と20mMの酢酸緩衝液を混合した溶液を調製し、この溶液のpHを2.0から8.0の範囲内で、希望するpHに調整します。(リン酸緩衝液と酢酸緩衝液の有効な緩衝範囲の切れ目であるpHが3.1-3.8および5.8-6.2の範囲については心配する必要はありません)
この方法により、シリカベースのカラムが安定して使える全pH範囲において使用することができる緩衝液が調製でき、また、連続的にpHを変化させて微調整することができます。一度最適なpHが見つかれば、不要な緩衝液の混合をやめることができます。例えば、最適な移動相のpHが2.8であれば、表1より、リン酸緩衝液が効果的に働いていることが分かります。従って、移動相を単純にするために、酢酸緩衝液の混合をやめることができます。同様にpH値4.5が最適であれば、酢酸緩衝液が有効なので、リン酸緩衝液の混合は必要ありません。
最後に、重要な点を一つ。移動相のpH調整は水溶液で行い、決して有機溶媒を加えた後に行ってはいけないことを忘れないで下さい。
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試料注入溶媒 ---THF vs ACN---
テトラヒドロフラン(THF)を試料溶媒に用いて試料を注入した際に、ピークが割れてしまいます。アセトニトリル(ACN)を試料溶媒に使用した時には、そのような問題はありませんでした。分離にはC18カラムを、移動相にはACN/緩衝液を用いています。試料注入量は50µLです。何が問題か教えて頂けませんか?
JWD: この現象は、溶媒強度が強すぎる溶媒を大量に注入したためであると思います。試料注入時のHPLC分離を考えて下さい。注入された試料が移動相に溶解した状態で、無限に小さなバンドでカラムに導入されることが理想ですが、もちろん、それは不可能です。しかし、このような理想的条件下から離れれば離れるほど、一層、分離に妥協が必要です。アセトニトリル(ACN)と緩衝液の混合比が50/50の移動相で、5µmの粒子が充填された150×4.6mm内径のカラムを使用し、流速が1mL/分の場合について、次の三例を考えてみましょう。
例1
移動相に溶解させた試料5µLを注入するとします。この場合、試料注入量は非常に少なく、注入溶媒が移動相と同じであるため、無視し得るほど少量の試料を、移動相へ注入したこととほぼ等しいと言えます。実際には、注入量を相当多くしても、ピーク形状の顕著な悪化は見られません。経験的な法則によれば、測定対象とする最初のピーク体積の約15%程度までの体積を注入しても、目立ったピークの広がりは見られません。このような条件下でk=1のピークについて考えた場合、ピーク幅は約120µLであり、これより約20µL(15%×120µL)程度までの注入が可能であることがわかります。後から溶出してくるピーク(k=5)の場合、幅は約330µLであり、約50µLまでを注入することができます。
例2
100%のACNに溶解させた試料5µLを注入するとします。試料注入の際、試料分子は移動相よりもずっと強い溶媒中に存在します。従って、注入したバンドが移動相濃度に薄められるまで、試料はこの強溶媒中でより速くカラム内を移動します。しかし、試料注入量が少ないため、この希釈はとても迅速に起こり、このケースで皆さんがピーク幅の増加に気づくかどうかは疑問です。
例3
100%のACNに溶解させた試料50µLを注入するとします。これは例2の延長であり、注入体積が大きいため、注入した溶媒が移動相と同じ溶媒強度に希釈される時間が、より長くかかります。つまり、試料注入溶媒の影響によって試料分子は、例2の時よりも、より速くカラム内を移動します。さらに、希釈プロセスが玉ねぎの層を剥いていくように起こっていると考えると、注入した試料の外側に位置する試料分子は、中心に位置する分子よりも前に移動相に希釈されます。この場合には、一部の試料分子が異なるスピードで移動し、希釈プロセスの間、試料がカラムの入り口部分に広がってしまいます。この問題を解決するには、試料注入溶媒を移動相に変更するか、あるいは注入量を減らすしかありません。
図1に例3に該当する一例を示します。右側のクロマトグラムでは、移動相(18%のACN)に溶解した試料30µLを注入しています。ピークは細く、形もきれいです。同じ試料を100%のACNに溶解させてその30µLを注入すると、左側のクロマトグラムが得られます。ピークはゆがんでおり、右側のクロマトグラムのピークよりも早く溶出しています。この現象について、考えられる原因の1つは、試料注入溶媒が移動相濃度に薄められるまで、試料分子がカラム内を速く移動していると言うことです。試料注入体積を減らすか、あるいは試料注入溶媒の濃度を減すこと、もしくは、これら両者を行うことにより、このような問題を解決できるでしょう。
あなたのケースは上記に当てはまりますか?あなたが行っている ACN の注入は、安定した分析結果が得られる限界に近いのではないかと思います。もし、 ACN の注入量を減らすか、 ACN 濃度を移動相近くまで希釈すれば、ピーク形状が改善されると思います。特に、 THF を試料注入溶媒に使用した時には、問題が起こる可能性が十分にあるでしょう。今回の質問で私は、最近アイルランドを旅行した際に見た標識(図 2 )を思い出しました。数ある手法の中で、我々は安定しているように見えている領域で操作を行っていますが、しかし、操作条件を少し変更するだけで、崖から転げ落ちてしまいます。あなたの分析法もこのような方法の一つです。注入体積を減らすか、溶媒強度を下げる、あるいはこれらの両者を行うことにより、分析法において安全な一定の許容範囲を確保することができるでしょう。
参考文献
[1] T.-L Ng and S. Ng, J. Chromatogr., 389 (1985) 13.
図1. 注入体積および注入溶媒強度による影響。移動相は18%のACN。左側は100%のACNを試料注入溶媒として30µL注入; 右側は移動相を試料注入溶媒として30µL注入。参考文献[1]より転載。
図2. 誰しも崖の端は歩きたくはありません。HPLC分析においても同様です。
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カラムのバックフラッシュ
カラムのバックフラッシュを行っても良いでしょうか?現在、C18カラムをルーチン分析に使用していますが、圧力が上がってきています。カラムを逆につなぐと、カラムに詰まった物を取り除くことができると思いますが、それを行っても良いでしょうか?それとも、カラムにダメージを与えてしまいますか?
JWD: 一言でお答えしますと、ほとんどのシリカベースのカラムは逆に接続しても問題ありません。しかし、いくつか考慮すべき点があります。また、日ごろからカラムの状態をチェックし、カラムを逆につないでも良いかどうかを説明書で確認して下さい。
まず、カラムに詰まったどのような物に対しても、それを取り除く方法として、カラムを逆につなぐことが効果的であると言う考え方は、正しい理解です。試料、移動相、劣化したポンプやインジェクターのシール材に由来する粒子状物質が、カラムの入口フリットに詰まっているという仮定をしているからです。これは使用時間の経過とともに、通常起こりうる現象です。この場合には、カラムを逆につなげば、それまでの使用時間の約1/3程度の時間で詰まった物を取り除くことができ、圧力が元に戻るでしょう。
逆に流す場合には、図1に示すように、カラムをつなぐだけで構いません。単にカラムを逆にして、カラムからの移動相溶媒を廃液として捨てて下さい。この時、検出器には接続しないで下さい。バックフラッシュで出てきた粒子状物質を検出器セルに入れたくはありませんから。
二つ目に考慮すべきことは、カラムを逆につないだ後に、カラムを通常の向きに戻すか、あるいはそのまま逆向きにしたままにして使用するかと言うことです。大半ではありませんが、かなりのシリカベースのHPLCカラムは、どちらの方向でも使用することができます。矢印の方向は、単なる目安でしかありません。しかし、カラムの入口と出口のフリットの孔径が違う場合には、問題が起こります。5µmの粒子が充填されているカラムでは、2µmの孔径を持つフリットがカラム両端に使用されており、3.5µmの粒子が充填されたカラムでも同じフリットが使用されています。しかし、3µmの粒子が充填されているカラムの場合には、2µm孔径のフリットでは十分な役割を果たせません。そのため、3µmの粒子径のカラムには、孔径が0.5µmのフリットが使われています。しかし、0.5µmのフリットは、2µmよりも簡単に目詰りが起こるため、粒子径が3µmのカラムに対して、0.5µmのフリットを出口側に、2µmのフリットを入口側に使用しているカラムメーカーもあります。この場合、短時間の逆向き接続によるバックフラッシュはおそらく問題はありませんが、長時間に及ぶ逆向きの使用は、お勧めできません。粒子径が3µm以下の粒子を充填したカラムは、0.5µmと0.2µmのフリットを種々の組み合わせで使用しています。念のために、カラムの説明書をチェックして、日常的に使う場合に、どちらの方向にも移動相を流すことができるのかを確認して下さい。
図1 カラムのバックフラッシュ方法
それでは、カラムをどちらの方向にでも使用できると仮定しましょう。バックフラッシュを行った後、カラムを逆向きにしたままで使用しますか、それとも元の方向に戻して使用しますか?私はこれまでに、カラムの向きを逆にしたままで使用して、圧力が最初の圧力に戻るケースを何度も見てきましたが、一方で、カラムを元の向きに戻した時に、圧力が再び上がりました。これは、細かい粒子が、最初のカラムの向きでは出口側にあったフリットの上流側(充填剤側)へ詰まったためであると思います。流れが最初の方向とは逆の時、これらの粒子がフリットから移動し、圧力が最初の圧力に戻りますが、カラムの方向を最初の向き戻すと、粒子が再びフリットを塞ぎます。このような理由で、私は、カラムをバックフラッシュした後に、逆方向につないだままにしておく方法をお勧めします。
カラムのフラッシュについて最後に一言書いておきます。バックフラッシュは、注入口側のフリットに蓄積した粒子状物質の除去に有効なだけではありません。バックフラッシュは、カラムの方向を変えずに洗浄するフォワードフラッシュを行うよりも、カラム内に強く保持されている物質の除去に関して一層効果的な方法でしょう。フラッシュプロセスで何が起こっているか考えてみて下さい。強溶媒(例えば100%のアセトニトリル)を、カラム内に強く保持されている物質の除去に使用したとします。しかし、通常と同じ方向の移動相の流れでは、カラムの先端数センチメートルから集められたゴミは、カラムの残りの長さを通過しなければいけません。これには長い時間が必要です。同じ溶媒をカラムのバックフラッシュに用いたならば、強く保持された物質は、ほんの数センチメートル移動するだけで出口に到達します。ですから、バックフラッシュは強く保持されている成分の除去に、非常に効果的でしょう。
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