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イオン化合物では2つのピークが得られるのですか?

作成者: Separation Science Japan|19/06/25 0:08

Q:リテンション(保持時間)は化合物のイオン化によって変化することはわかります。化合物がイオン化されると,一般的にリテンションはイオン化されなかった場合と比べて短くなります。化合物がpKa(酸解離定数または酸性度定数)に近づき,半分イオン化された場合は,2つのピークを予期すべきだという意味でしょうか?


酸性か塩基性溶質の場合は,ピークは1つしか見えないだろうというのが,簡潔な答えです。あなたが正しいのは,逆相リテンションを仮定した場合,化合物がイオン化されればされるほど,リテンションは短くなる傾向があるという点です。これはイオン化された溶質はイオン化されていないものと比べて,より強い極性をもっているからです。例を挙げるなら,pH-2.5のカルボン酸は,通常イオン抑制状態にあり,イオン化してより強い極性になるpH-7.0の同じ化合物と比べて,リテンションは増加します。イオン化が不完全な酸のリテンションは,この両極端の間のどこかになります。これが,イオン性溶質を含む試料を用いたピークの間隔微調整に,pHが非常に強力な変量であることの第一の理由です。pHを調節することで,リテンションの調整が可能になります。つまり,妨害化合物が溶出することのないクロマトグラム領域に,検体をうまく移動させられるということです。

 

では,なぜ溶質のイオン化が不完全なときに,2つのピークが見えないのでしょうか。もちろん,イオン化されたものとイオン化されていないものが両方存在しています。そして一見したところでは,2つのピークが現れると考えるでしょう。これは,この2つが平衡状態に達するのがとても速いからです。クロマトグラフの時間では,瞬間的です。クロマトグラフの移動時間と比較して平衡状態に達するのが非常に速いとき,図1(a)で示したような1つのはっきりとしたピークが現われます。

 

もう一方の側には,化合物が2種類存在し,その2つの間で非常にゆっくりとした変換が行われるものがあります。その変換時間は,クロマトグラフのリテンションよりもかなり長いのです。この場合は,図1(c)で示したような,2つのはっきりとしたピークが見られます。例としては,シストランス異性体とキラル光学異性体などがあります(二種類を分離するには,もちろんキラル・カラムが必要です)。混合物が二種類の化合物に分離可能なものはすべて,このカテゴリーに分類されます。これは,変換時間がリテンションより長ければ,どちらの種類も他のものに変換される前にカラムを通り抜けてしまうからです。

 

最後に,2つの化合物の間の変換速度が,カラムを通り抜ける時間とほぼ同じである化合物があります。このような場合,2つの化合物について2つのピークを見ることが可能なこともあります。図1(b)に示しました。しかしながら,検体がカラムを通り抜けるにつれてひとつの化合物が他のものに変換されるため,2つの別々の化合物が見られるだけでなく,部分的には一方の化合物で,また部分的にはもう一方の化合物として,カラムを通り抜ける分子もあります。これは中間的なリテンションになるということです。変換がどこで起きるかによって,溶出した微粒子は,2つの「純粋な」化合物と比較して異なるリテンション時間をもつことになります。これは結果として,図1(b)で示したような2つのピークの間に鞍部があるように見えるものになりえます。私たちの研究室では,これがバットマンの姿にちょっと似ているので,親しみをこめて「バット・オ・グラム」と呼んでいます。図1(b)の(2つの)ピークの間を広げて,図2を描いてみました(効果的に見えるように両目を描き足しました…失礼!)。このような反応を最もよく目にするのは,タンパク質や酵素などの生体分子の場合です。そこでは,オンカラム劣化によって,元のピークと,劣化後のピークの間に鞍部が形成されます。しばしば,尖ったピークが1つ(本来のものか劣化したもののどちらか)だけが見られ,試料の不純物がピークの前後に広い傾斜部分を形成します。

 

オンカラム状態での劣化や変換は,定量の観点から最も懸念されるものです。2種類の化合物(と中間の鞍部)の存在比がラン毎に変わってしまうため,このようなピークを定量化するのは非常に難しいからです。どちらかを優遇するように条件を変えることによって,変換が起きていることは証明できるでしょう。例えば,変換が温度関連のものであるなら,2つのピークの比率の差を見るために,カラムの温度を上下させることができます。他のケースでは,流量速度や露出時間によって調節することができる,カラムの触媒反応もあります。もしかすると変換/劣化は,移動相の結果かもしれません。これは移動相のpHや塩基濃度,あるいは他の変量を変えることで調査できます。

 

要約すれば,化合物がカラムを通過する間に,構造が異なる2つの化合物の間に変換が起こる検体の場合には,2つのピークを見ることは一般的ではありません。最も一般的なのは図1(a)と1(c)の例,つまり,高速の相互変換では1つのピークが見られ,非常にゆっくりとした変換では2つの尖ったピークが見られる,というものです。図1(b)のバット・オ・グラムは,私たちの多くにとってはごく稀な観察結果ですが,生化学者にとっては,もっと一般的に遭遇するものでしょう。

 

図1:2つの型をもつ化合物が存在する場合に可能なクロマトグラム (a)2つの型の高速相互変換 (b)クロマトグラフのプロセスと同じタイム・スケールの変換 (c)ゆっくりとした変換

 

図2:バット・オ・グラム─2つのピークの間の鞍部を強調するために図1(b)を拡張したもの