以前のHPLC Solutionsの12号から14号で、緩衝液に関して解説しました。その中で、分析法に応じて適した緩衝液があること、避けるべき緩衝液調製方法があることなどについて解説しました。この記事を読まれた読者の方(I.M.)からのご質問により、LC-MS装置使用時のLC-UV検出法の使用を可能にする、賢明で実用的な緩衝液のことを思い出しました。また、同時に私がボーイスカウトでリーダをしていたことや、そのボーイスカウトのモットーが"Be Prepared"(事前準備を万全に)であったことを思い出しました。これはクロマトグラフィーにも通ずる良いモットーです。
普段、私たちの多くがHPLC分析において、一般的なUV、蛍光や示差屈折率検出器などの「伝統的」な光学検出器を使用しています。これらの検出器を通過する際には、移動相が変化しないため、使用する緩衝液の種類については、あまり考慮する必要がありませんでした。当然、バックグランドが高い緩衝液は使用したくありませんが、リン酸あるいは酢酸緩衝液を使用していれば、この点については問題ありません。また、電気化学検出器などの化学的に活性な検出器を使用すると、検出器内で化学変化が起こるため、それらに関する付加的な注意が必要な場合があります。しかし、これらの多くの一般的な検出器の場合は、緩衝液の種類をあまり気にする必要はありませんでした。
ここ数十年で質量分析計(MS)を検出器に用いる手法は、徐々に一般的になってきました。同時に、蒸発光散乱検出器(ELSD)と荷電化粒子検出器(CAD)も導入されるようになってきています。プロテオーム解析やメタボローム解析などのいわゆるオーミクスの分離だけでなく、生体試料中の薬物分析に対しても、LC-MSやLC-MS/MSは標準的な検出器です。ELSDやCADは、多くの分析において徐々に示差屈折率検出器に取って代わってきています。LC-MS、ELSD、CADのこれら三つの検出器には、前述の光学検出器には無い、ひとつの共通の特徴を持っています。それは、移動相を蒸発により取り除く必要があると言うことです。
アセトニトリル(ACN)やメタノール(MeOH)の移動相では、移動相の蒸発はそれほど大きな問題ではありません。また、最新のインターフェースでは、多量の水が含まれていても蒸発させることができます。しかし、緩衝液や他の移動相添加物が、蒸発しなければ、検出器の中が吹雪の様に白くなり、分離どころか、一生懸命、それらを取り除かなければなりません。これを防ぐ方法は、他の移動相成分と共に揮発するような、十分に揮発性を有した緩衝液を使用することです。
表1に、LC-MSで最も一般的に使用されている緩衝液と添加物を示します。これらは、ELSDを使った検出にもCADを使った検出にも、同様に適合しています。表1に示した化合物の特徴は、移動相のpHをコントロールできることと、HPLCと検出器の間のインターフェース部において、素早く揮発することです。HPLC分析では、緩衝液を調製せずに、移動相に酸を加えてpHを調節する場合があることに、皆さんも気づかれていると思います。例えば、0.1%のギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸などを移動相に加えます。これらの添加物を加える前提は、添加物の主な働きが、移動相のpHを低く保つことであり、緩衝作用で無いと言うことです。また、表1に示す化合物の緩衝範囲には、pHが5.7から6.6の間に切れ目があります。残念ながら、この切れ目の範囲をカバーすることができる、揮発性の緩衝液を私は知りません。そのため、皆さんが、このpH範囲で分析を行う場合は、酢酸アンモニウムか炭酸アンモニウム緩衝液のpHを、希望するpHに調整する必要がありますが、その際、そのpH値における緩衝作用はとても小さいことに皆さんは気づかれると思います。
ここで、最初のBe Prepared(事前準備を万全に)に話を戻しましょう。上記のような移動相の蒸発を伴う検出器は、近年より一層、一般的になってきており、将来、皆さんの分析業務の一部もLC-MSやLC-MS/MSなどに移行する可能性が高いでしょう。例えば、あなたが新しい医薬品の不純物を分析する方法を開発していると仮定します。ルーチン分析には、丈夫で、ダイナミックレンジが広く、優れた正確さと精度を有する、LC-UV法を選択するでしょう。しかし、不純物や未知化合物のピークを発見する可能性が高く、その定性データが必要になってくるでしょう。それが何なのか?薬物として活性な成分に関係するピークなのか、それとも単なる賦形剤のような不活性成分のピークなのか?そのような時、LC-MSはあなたの手助けをしてくれますが、その化合物の分析法にリン酸緩衝液を用いていたならば、分析法をそのままLC-MSに移行できず、結果を期待することはできません。まず、MSに適応した移動相に近づけるように変更しなければいけません。この場合、シンプルにリン酸をギ酸に変更すれば良いのですが、もし、緩衝液の変更に伴って選択性が変わるようであれば、追加の測定が必要です。先のことを見越して、将来必要なことを、あらかじめ予想しておきましょう。
分析方法開発の際に、MS検出に適合する移動相から始めておけば、更なる分析が必要になった際に、それまでのカラムと移動相をLC-MSにそのまま移行して直ぐに使うことができます。ボーイスカウトのモットー通り、事前準備を万全にして下さい!
表1. 一般的に用いられている揮発性緩衝液および添加物
|
一般的な濃度 |
pH |
緩衝範囲 |
ギ酸 |
0.1% |
2.7 |
|
酢酸 |
0.1% |
3.3 |
|
トリフルオロ酢酸 |
0.1% |
2.0 |
|
ギ酸アンモニウム |
5-10 mM |
|
2.7-4.7 |
酢酸アンモニウム |
5-10 mM |
|
3.7-5.7 |
炭酸アンモニウム |
5-10 mM |
|
6.6-8.6 |
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