質量スペクトル検出器を装備したHPLCが適切な質量情報を記録しているか,また検体検出に適切な設定となっているか,これらの確認に用いられる2つの手順についてお話します。
2つの手順とはキャリブレーションとチューニングのことで,この2つの作業は時々混同されます。キャリブレーションは,質量精度の確保に用いられるものであり,チューニングは,特定のサンプルに対する機器の正常稼動を確認するために用いられるものです。定量分析では一般的に,一段四重極型(LC-MS)か三段四重極型(LC-MS/MS)のMS検出器が用いられますが,ここで論じる原理は,他のLC-MS検出器にも適用できるものです。
キャリブレーションは,検出器がマスナンバー(より厳密には質量対電荷比m/z)を記録する数値が正しいことを確認するためのものです。これは,その手順に正確な規格を用いる必要があるということを意味します。適切なキャリブラント(装置の質量数を校正するために使用する標準試料)の特質としては,対象の質量範囲をカバーできること,安定していてクリーンで残渣を残さないことなどがあります。LC-MSにおいて最も一般的なキャリブラントはポリプロピレン・グリコール(PPG)です。これは質量が>2000 Da(ダルトン:質量数)までのはっきりと定義されたピークがあり,何ヶ月にもわたって安定しているので,密封されたアンプルを使用前から冷凍庫に保存しておかなくても大丈夫です。このPPGは,クリーンで残渣もわずかしか残しません。新米の技術者たちがキャリブレーション以外にやり方を何も知らず,次の研修を受けるまでの間,何週間にもわたって毎日キャリブレーションをくり返していたという事例を見たことがあります。彼らは,バックグラウンドを下げるために,システムをベーキング(焼出し)して取り除かなくてはならないほどの量のPPGの残渣を作り上げました。でもこれは,標準というよりは例外です。普通はPPGの残渣など心配するようなものではありませんから。
システムのキャリブレーションには,キャリブラントの低濃度溶液をシリンジ・ポンプでMSに注入します。普通は図1のような配列です。注入後は機器の手順にしたがってキャリブレーションが進行しますが,後はソフトウェアに任せられます。特定の組み合わせの機器設定において,PPGのある特定の質量対電荷比(m/z)がシステムを通過するときに,ピークが生成されます。ソフトウェアは既知のPPGファイルにあるこのピークとその位置を,特定の質量対帯電荷比(m/z)と相互比較します。これで今後は,ソフトウェアはこの手順を逆にして,特定の機器設定において生成されたピークが所定の質量対電荷比(m/z)に違いないことがわかるようになるという訳です。質量分解能と検出感度の間にはトレード・オフがあります。そしてLC-MS
やLC-MS/MSシステムは一般的に,定性分析ではなく定量分析のツールとして用いられるため,質量分解能より検出感度の方が優遇されるのです。実用に即して言えば,機器は普通,ある質量を他のものから同定(例えば,±0.5 Daエラー)できるようにセットアップされますが,少数点以下の分離を得ることはできないということです。これは,定量分析としては十分です。定性分析には,電子衝撃か飛行時間型MSが用いられ,少数点以下何桁かまでの質量精度が得られます。
一度システムのキャリブレーションを行ったら,機器に何らかの変更が行なわれるまで再キャリブレーションは必要ではありません。私たちの研究室では,四半期に一度キャリブレーションをチェックしますが,変更が必要となることはあまりありません。初段四重極を洗浄のために取り外すといったメインテナンスのためにシステムを開けた場合には,キャリブレーションもチェックします。
チューニングはキャリブレーションよりももっと一般的な手順です。チューニングの最重要点は,機器が検体について最大の信号を出せるようにすることです。このためには,キャリブレーションと同じ機器設定(図1)を用いますが,キャリブラントの代わりに検体か内部標準の溶液で行います。LC-MSは化学イオン化方式を用いて分析を行うため,LC-MSインターフェイス内の化学環境はイオンの生成に影響を与えます。したがって,インターフェイスのセッティング(電圧量,流量,温度,真空,等々)も大事ですが,それだけでなく,HPLCからの移動相の化学成分も検体のイオン化に影響を与えるのです。目的のメソッドに用いられる移動相を注入するHPLCシステムを含めて機器をチューニングすることが最善なのは,この理由によるものです。
「古き良き時代」には,正しい信号を得るために,MSシステムのパーツをひとつずつ手作業で調整しなければなりませんでした。これは単調な作業で一定レベルの技能が必要でした。今日では,すべてのLC-MS機器に自動調整機能があり,この手法は簡素化されました。注入が始まると自動調整手順が始まります。MSの注入口から検出器まで,機器は自動的にすべての電圧量とセッティングを調整します。検出器において最高レベルの信号が得られるまで,この手順は何回かくり返されます。この機器セッティングのデータは,チューン・ファイルに保存されて分析に用いられます。
機器が,手順の条件に沿うような特定のメソッドに一度設定されたら,変更すべきではなく,そのメソッドを行う度にチューニングが必要とはなりません。しかしながら,時がたつと共に,機器が汚染されたとか,その他の理由でチューンが変わってしまうことがあります。チューンのチェックを,予定を決めて行ったり,手順がセットアップされる度に行うことはできますが,システム適合テストによって再チューニングが必要かどうかを決める方が簡単です。システム適合テストの一部としては,検出限界(LOD)と定量検出限界(LLOQあるいはLOQ)において許容範囲内の正確なデータを生成するために,十分な信号/ノイズ比(S/N)が得られるかどうかの判定を行うべきです。例えば,あるメソッドが正しく行われるためには,LLOQにおいて信号/ノイズ比(S/N)を25とし,エリア数を600と決めたとしましょう。この条件が満たされなくなった時,チューンのチェックか,検出能力の低下を招いたその他の要素(インターフェイスや初段四重極の汚染)のチェックをすべきだということです
もう一度言いますが,キャリブレーションは機器が正確な質量数を記録していることを確保するため,一方チューニングは,特定の検体についての適切な信号強度が得られていることを確認するために,それぞれ用いられるものなのです。
図1:キャリブレーションあるいはチューニング用にLC-MSに標準試料を注入するためのシステム配列
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